文学の凝縮、アイドルの拡散

16.『優しいサヨクのための嬉遊曲』島田雅彦ー愉快な文章

 現芥川賞選考委員、島田雅彦氏のデビュー作です(氏は本作を含め六度芥川賞候補になり落選するという最多記録タイを保持しています)。

  内容としては、政治運動と恋愛に傾倒する学生の話、という感じです。

 会話文やささいな描写に学生たちの独特の感性の表出があって、面白い、愉快な文章でありながら、情景描写や比喩表現においてオーソドックスな意味での筆力が高いので、全体として上質な感じになっているな、と思いました。

 こういう漠とした表現だと当てはまる小説が他にもたくさんありそうに思えますが、そういうわけではありません。

 以下は「無理」という名前の学生が男娼のバイトを始めた場面です。

「君はなかなかいい体をしているな」

「そうですか。力はあるんですよ」

 浴槽には湯が注ぎはじめ、シャワーが待ってましたとばかり飛び出る。この時、無理の動きも相手の動きも人形のそれに変わった。

 背中を流す動作はアンダンテのメトロノームの動きだった。客の背中は広く、平坦だった。畑にして茄子でも植えればいいと無理は思った。熱めの湯が顔にあたっているうちに自分は何をしているのかよくわからなくなった。ただ動いていると感じた。それは非常に都合のいいことだった。

「口と肛門どっちがいい」と客がたずねた。彼は石けんを棒にすり込んでいた。

「僕はホラなら多少吹けますけどね。尺八は吹けないんですよ」

島田雅彦芥川賞落選作全集上巻収録『優しいサヨクのための嬉遊曲』p87) 

 そういえば、私は本作を『島田雅彦芥川賞落選作全集』という書籍で読んだのですが、まえがきで島田氏がなんかいろいろ書いていて、三島由紀夫の話とか個人的に面白かったです。

(前略)文学のみならず、日本社会に実に多大な贈与をした存在として、三島はおおいに尊敬されるべきだ。自分の世界に引きこもり、他者と交わろうとしない大江健三郎村上春樹と較べても、その貢献度は計り知れなかった。(p8)

 島田氏といえば、実際の年齢よりも若い言動を取る風なお茶目な(?)イメージがありますが、本作は氏の創作活動、というか生き方、というかそういう何かのまあ、源泉に触れられる作品って感じがします。