文学の凝縮、アイドルの拡散

56.拳銃なしでも真骨頂が味わえる〜北野武『あの夏、いちばん静かな海』

 

あの夏、いちばん静かな海。 [DVD]

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 1991年公開、聾者がサーフィンを始める話です。

 

 北野武作品にはめずらしく拳銃が登場しませんが、真骨頂はいくつも発揮されています。

 まず、表情ですね。

 本作は主人公とその彼女(?)が聾者で、そして彼らは通常の聾者以上に「無口」なため全体としてかなり静かな映画になっているのですが、たっぷり時間をとったワンショットの表情がよいです。

 とくに主人公の彼女は、美人は美人だけどすごい美人ってわけでもない器量をしていて、常にどこかまとまりのない表情を浮かべているのが秀逸です。

 他にはたとえば若者たちの会話、雰囲気です。

 彼らの互いを茶化すようなユーモア、なんとなく口数の少ない感じが、自然でいて独特な雰囲気を作っています。

 あとこまめな小道具がいいですね。

 最後のボードに写真を貼り付けるのも、ガムテープではだめで、あの100均とかに売ってそうな小さなセロテープがいいんですよね。

 

 というか遅ればせながら、普通に設定がいいですね。

 サーフィンを始めた男と、黙ってすこしにこにこしながらいっつも浜から練習を眺めている彼女、という設定。

 

 対談で黒澤明北野武本人に対して、本作のラストシーンはいらなかったんじゃないかと言っていたのを覚えています。

 写真のはりつけられたボードが浮かべられたあとの、回想シーンのことだと思います。

 私も同意です。

 たしかその指摘に対して武は、説明がないと伝わらないと思った、とか自分でも必要かどうかよくわからなかった、とか言ってた気がします。

 

 小説でもそうですが、こういうある種の平凡さを基盤とした物語を考えるのって簡単そうで案外難しいんですよね。