文学の凝縮、アイドルの拡散

84.多和田葉子『かかとを失くして』

 

群像新人賞を受賞した氏のデビュー作。(とはいえその以前にドイツ語で小説を書いて賞とかもらっていたらしいけれど。)

 

奇妙でファンタジックな描写、というよりも感覚、しかし上等な何かが詩的な断片としてつぎつぎと横切り、織りこまれていく。偶発的で一見必要性のない事物、へんてこな理屈の積み重なりはアンバランスなのに、不思議に倒れず自立し、高くに伸びていく。才能、て感じ。

 

 九時十七分着の夜行列車が中央駅に止まると、車体が傾いていたのか、それともプラットホームが傾いていたのか、私は列車から降りようとした時、けつまずいて放り出され先にとんでいった旅行鞄の上にうつぶせに倒れてしまった。背後で男の声がしたが、それが私が押したんじゃありませんよ、という意味なのか、それとも、押したのは私じゃありませんよという意味なのか、わからなかった。(冒頭部分)