文学の凝縮、アイドルの拡散

95.中村文則『土の中の子供』

 

土の中の子供 (新潮文庫)

土の中の子供 (新潮文庫)

 

中村文則が27か28歳くらいのときに書いた芥川賞受賞作。

 

冒頭からずっと読みやすい。それは、暴力や死がからんだ吸引力ある展開と、平易な語彙空間ながら処々に隠れたうまい表現がもたらしている。個人的には中村文則は、「大衆受けもする純文学」のひとつの完成形のようなイメージがある。

 

 シャベルが土を掬う音。暗がりを弱々しく照らす懐中電灯の光、その向こうに、脅えたように顔を引きつらせながら、慌ただしく何かを話している彼らの表情がぼんやりと見える。仰向けの幼い私に、少しずつ土がかけられていく。あの時、目が覚めた私の見た光景はそういうものであり、彼らが私に加え続けた、暴力の結末だった。目が覚めたばかりだったが、また、酷い睡魔に襲われる。通常の眠りとは明らかに異なった、抵抗し難い、強いられるような感覚だった。身体が少しずつ押されていく中、音や、声が薄れていく。口の中に、土や砂が入る。だが、それを吐き出す力も、そうしようとする気持ちも、私の中にはなかった。ただ小さく咳をしたいという微かな衝動を、微かな力で押さえただけだった。(新潮社p78)