文学の凝縮、アイドルの拡散

98.古市憲寿『百の夜は跳ねて』

 

新潮 2019年 06 月号 [雑誌]

新潮 2019年 06 月号 [雑誌]

 

今回の芥川賞候補にあがりました、社会学者古市氏の『百の夜は跳ねて』。氏は前回につづき2期連続の候補入りです。個人的には、NHKで就活の話とかしているのをみて、この人あんま好きじゃねえと思っていたのですが、2期連続ノミネートするくらいの力があるなら、てことでとりあえず読んでみました。

 

まずもって、盗撮を依頼される現代の窓拭き清掃員という設定がよい。文体は通常の語り、死者の声、会話という三色が不連続に織りこまれ、描写は繊細で精緻。が、ときおり文学的素地を欠いた表現も見られる。また蠱惑的に導入された「島」がうまく回収されてない気がし、受賞は難しいと予想。

 

 そこで生まれてはいけないし、死んではいけない。そんな島があるって知ってるか。産婦人科もなければ葬儀場もない。妊娠したり、大きな病気になったら、すぐに島から出な いとならない。その代わり、俺ら日本人でも、何の許可もなく仕事ができるらしい。ちょっと前までは寿司屋もあったらしくてさ。最果ての街で、寿司を握るってどんな気分なんだろうな。俺はパスポートなんてないけど、翔太は持ってるのか。東京だと有楽町に行けばいいんだっけ。(冒頭)