文学の凝縮、アイドルの拡散

文学の凝縮、アイドルの拡散

小説や映画の感想を書いています。

85.今村夏子『こちらあみ子』

 

こちらあみ子 (ちくま文庫)

こちらあみ子 (ちくま文庫)

 
太宰治賞を受賞した氏のデビュー作。
 
「怪物」的少女を主人公にすえた小説で、三人称ながらunreliable tellerの書き方がなされているが、描写材料のとりあわせにささやかな心地よさが通底している。主人公の心情変化の足踏みといびつさ、会話の不通の描き方がうまい。
 
 とてもきれいな字で書かれた『弟の墓』は何度眺めても飽きることがなく、家に持って帰って動物のシールをペタペタと貼りつけたら更に見栄えがよくなった。しばらく惚れ惚れと見つめたあと外に出て、青葱の植えられたプランタがいくつか並ぶ駐車場の隅へと向かった。(p53)
 
 一、二、三、と指を折って数えたら、五歳の女の子の姿に行き当たった。一度も会えなかった女の子、これからももう二度と会うことのできないその女の子には顔がなかった。ない顔を思いだそうとした。思いだそうとしている自分に気がついて、あみ子はわずかにうろたえた。(p95)
 

84.多和田葉子『かかとを失くして』

 

群像新人賞を受賞した氏のデビュー作。(とはいえその以前にドイツ語で小説を書いて賞とかもらっていたらしいけれど。)

 

奇妙でファンタジックな描写、というよりも感覚、しかし上等な何かが詩的な断片としてつぎつぎと横切り、織りこまれていく。偶発的で一見必要性のない事物、へんてこな理屈の積み重なりはアンバランスなのに、不思議に倒れず自立し、高くに伸びていく。才能、て感じ。

 

 九時十七分着の夜行列車が中央駅に止まると、車体が傾いていたのか、それともプラットホームが傾いていたのか、私は列車から降りようとした時、けつまずいて放り出され先にとんでいった旅行鞄の上にうつぶせに倒れてしまった。背後で男の声がしたが、それが私が押したんじゃありませんよ、という意味なのか、それとも、押したのは私じゃありませんよという意味なのか、わからなかった。(冒頭部分) 

 

83.奥野紗世子『逃げ水は街の血潮』

ひさかたぶりの更新。

 

小説をかこうかこうと思いながら結局かくことはなく、飲み会やら出会い系やら引っ越しやらにたたみかけられながら、学生最後の一か月はすぎていった。むろん小説や映画にふれることもなかった。

 

そして、正真正銘のフリーターになった。 

文學界2019年5月号

文學界2019年5月号

 

今回の文學界新人賞受賞作の、2作のうちのひとつ。

 

地下アイドルを取り扱った初めての純文学といえるのではなかろうか。アイドルについては小生一家言あるため、その点において悔しさがつのる。

 

サブカルのワードがちりばめられ(わたしの知らない単語がいっぱいでてきた)、そして文章がはやい。文意はちぐはぐに接続され、詩的であると同時にその粗さが力強さにうまく転換されているのは、ワーディングと比喩のセンス。ただ終盤の展開は改善の余地があるのでは、と思った。

 そう考えていたらもうペッティング? 終わりそうだった、AV仕込みの手マンa.k.a.火起こしを受けていた。

「痛い? あんまり気持ちよくない?」

 ヤバい。反応を全然していなかった。

 カマすしかねえ! わたしは膣を締めた。「今日は中で出していい日」と囁いて脚を胴に絡ませていた。もういいや! 今日は工藤朝子の葬式です! ってノリだった。できちゃった婚、今はダブルハッピー婚っていうんだっけか。妊娠、それは素敵なアイデア!(文學界2019年5月号p19) 

 

82.デミアン・チャゼル『ラ・ラ・ランド』

 

パステルカラーのダイスを転がすみたいに、めまぐるしく色とりどりのカットが展開していく。ミュージカル映画というのは、ミュージカルの挿入の反復によってフィクションの構造性が柔和になる。物語の輪郭線がうすくなる。いやむしろ、力強い破壊によって形式そのものが変容する。本作の後半は、徐々に雲が立ち込めるような暗がりが伸び広がり、画面は静まり、肩こりのようないやな重たさをそのうちに収めている。ラストシーン、ありえたかもしれない平行世界の再現。連鎖する爆薬のように、いくつもの情動がはぜていく。甘やかな慕情も夢への憧憬も、イマジネーションの内側に閉じ込められる。それは生きるための原動力でもあり、生きた結果そのものでもある。イマジネーションの頼もしさと虚しさとが、ほほえみの上で静かに同居している。

81.松浦理英子『乾く夏』

 

葬儀の日 (河出文庫―BUNGEI Collection)

葬儀の日 (河出文庫―BUNGEI Collection)

 

デビュー作『葬儀の日』の約1年後に発表された小説。

 

自傷行為、ジェンダレスな愛情、ある種の選民思想、セックス、性機能不全、そういったさまざまな若気の断片が折り重なった、ふたりの女学生の交流。ここでは何かが、それはありていにいえば「こじらせ文学少女」的な思想を多分にまとっているのであるが、そういった関連の主張がきわめて直接的に描かれようとしている。大胆なやりかたで、何かを、捕まえようとしている。夏は、永遠に終わらないように思える。

 

「私が怖くない? またあなたを殺そうとしないとも限らないでしょう? つき合っていられる?」

 幾子は平気だった。

「大丈夫。いつもバンドエイドを持っとくことにしたから。」

 彩子は笑った。

「赤チンもね。」

 あの出来事は二人の結束を強化したようなものである。殺してくれようともしない人間など幾子には信用できなくなった。何故なら、彩子は相手が幾子だからこそ真剣になったのだから。悠志にわかるわけがない。(河出文庫p94) 

 

80.町屋良平『青が破れる』

 

青が破れる

青が破れる

 

文藝賞を受賞した、氏のデビュー作。

 

全体を通して通俗的な「甘酸っぱさ」を漂わせながらも、確かなる文学。しびれるフレーズが多くみられる。芥川賞受賞作『1R1分34秒』と比較して、持ち味であるテクストの自在な運動はそのコントロールがぞんざいだが、感情と情景の複合した流れの記述、コード的なものをたびたび踏み外す奔放さの源流がある。タイトルのつけかたは、『1R1分34秒』よりも好き。

79.古川高麗雄『プレオー8の夜明け』

 

プレオー8の夜明け (P+D BOOKS)

プレオー8の夜明け (P+D BOOKS)

 

1970年芥川賞受賞作。「8」はフランス語読みで「ユイット」と読む。

 

第二次大戦後、戦犯容疑でベトナムに拘留された旧日本兵たちを描く。娯楽のため、檻の中で脚本を書き、演者をあつめ、演劇をやる主人公。設定がおもしろい。死の匂いのする、戦争文学の殺伐さを帯びながら、ひょうきんな出来事がたくさん起こる。主人公の思考の流入は、地の文の語尾の自在な変化としてあらわれ、案外に大胆である。鉄格子が暑さに朦朧とする。泥と汗と、何かの腐敗が鼻をさして目が覚めるような心地。

 

 私のタオルは、タオルというよりは襤褸雑巾だったな。布が弱っているので、絞って水をきるというわけにはいかないのだった。絞ると切れてしまうのだ。だから私は、絞るかわりに握り締める。おにぎりを握るときのように。

 すると指の間から、襤褸が飛び出すんだ。垢と、ふやけた繊維とが溶け込んだラーメンの汁のような水が、ぬるぬると滲み出てくるんだ。(小学館P+D BOOKS p37)