文学の凝縮、アイドルの拡散

2019-02-01から1ヶ月間の記事一覧

81.松浦理英子『乾く夏』

デビュー作『葬儀の日』の約1年後に発表された小説。 自傷行為、ジェンダレスな愛情、ある種の選民思想、セックス、性機能不全、そういったさまざまな若気の断片が折り重なった、ふたりの女学生の交流。ここでは何かが、それはありていにいえば「こじらせ文…

80.町屋良平『青が破れる』

文藝賞を受賞した、氏のデビュー作。 全体を通して通俗的な「甘酸っぱさ」を漂わせながらも、確かなる文学。しびれるフレーズが多くみられる。芥川賞受賞作『1R1分34秒』と比較して、持ち味であるテクストの自在な運動はそのコントロールがぞんざいだが、感…

79.古川高麗雄『プレオー8の夜明け』

1970年芥川賞受賞作。「8」はフランス語読みで「ユイット」と読む。 第二次大戦後、戦犯容疑でベトナムに拘留された旧日本兵たちを描く。娯楽のため、檻の中で脚本を書き、演者をあつめ、演劇をやる主人公。設定がおもしろい。死の匂いのする、戦争文学の殺…

78.開高健『裸の王様』

開高健の芥川賞受賞作。 扱っているテーマは児童教育。児童にたいする大人たちの当を得てない思惑を、画塾の先生である主人公は気に食わない。 くりかえし述べられる教育論めいた話にはどこか既視感がある、しかし、その鮮烈な描写はけして風化していない。…

77.松浦理英子『葬儀の日』

松浦理英子氏が20才のときに書いた、文學界新人賞受賞作。つまりデビュー作。 これを、だれがどのように評価できるのだろう。葬儀のさいに依頼される「泣き屋」、「笑い屋」という架空の職業(泣き屋という職業は実際にあるらしい)をとりあつかいながら、思…

76.柴崎友香『春の庭』

ちょっと前の芥川賞作品。 アパートに住む三十代の男を中心に、その隣人たち、周辺の建造物の輪郭を、さらさらと、それでいて柔らかい手触りで描く。たいした筋はない。悪くいえば退屈。がしかし、気づくと、読者は構造を失った不思議な浮遊感のなかに連れて…

75.町屋良平『1R1分34秒』

先日発表された芥川賞受賞作。 わたしは現在町屋駅徒歩5分の場所でシェアハウスをしているが、どうやら町屋良平氏も近所に暮らしているみたい。 筆のにぎりが軽い。感情の噴出、文章の奔流がアクロバティックに展開されるが、バランス感覚が巧みにコントロ…

74.チェーホフ『三人姉妹』

友人に、 「君の彼女は小説の登場人物でいうと誰に似ているんだい」とたずねたところ、 「強いていえばチェホフの『三人姉妹』の三女のイリーナかな」と返答されたため、本作を拝読。 戯曲であるため、作品はほとんどセリフのみで構成されている。 私は戯曲…

73.本当に面白いM-1漫才ベスト10

普段は小説や映画の話ばかりしていますが、お笑いも好きなので、今回は歴代M-1グランプリのネタのなかで個人的なベスト10を発表します。 対象は2018年までのM-1グランプリ。なお、2011~2014年に開催されたTHE MANZAIのネタは対象としていません。 あくまで個…

72.羽田圭介『メタモルフォシス』〜マゾヒストな証券マンの話

中村文則氏が某ネット記事のインタビューで、本作を読んだとき初めて自分より年下の男性作家ですごいと思うやつが現れた、と述べていたため手に取った。 まずもって、SM風俗の人道を逸した肉体的苦痛をともなう調教プレイ、詐欺まがいの手練手管を用いて老人…

71.寒川光太郎『密猟者』〜芥川賞史上もっとも激賞された小説のひとつ

1940年第10回芥川賞受賞作、寒川光太郎の『密猟者』。 まずもって、遠い場所で書かれた文章という印象が強烈であった。それは約80年の時代の隔たりや、北方の狩猟者という舞台設定に起因するのではなく、堅固でありながら奔放自在のレトリックをはらんだ特異…

70.『銃』中村文則〜さっぱりとした狂気、破綻した心情

一ヶ月ぶりの更新となりました。 じっさい修論に追われ、小説からも映画からもながらく距離をおいていました。 研究および学生生活のおわりを迎え、同時に空白の春が私を包みこみ、かかる立場におかれ無闇な追想にふけったりもしますが、ともあれ、前進しな…