扱っているテーマは児童教育。児童にたいする大人たちの当を得てない思惑を、画塾の先生である主人公は気に食わない。
くりかえし述べられる教育論めいた話にはどこか既視感がある、しかし、その鮮烈な描写はけして風化していない。社会派的な内容には不釣り合いなほど、たっぷりレトリカルな文章。その流線もなめらか。
ぼくは太郎といっしょに息を殺して水底の世界をみつめた。水のなかには牧場や猟林や城館があり、森は気配にみちていた。池は開花をはじめたところだった。水の上層にはどこからともなくハヤの稚魚の編隊があらわれ、森のなかでは小魚の腹がナイフのようにひらめいた。ガラス細工のような川エビがとび、砂のうえではハゼが楔形文字を描いた。ぼくは背に日光を感じ、やわらかい風の縞を額におぼえた。(角川文庫 p23)