文学の凝縮、アイドルの拡散

91.大江健三郎『死者の奢り』

 

死者の奢り・飼育 (新潮文庫)

死者の奢り・飼育 (新潮文庫)

 

大江が22か23歳くらいで書いた70枚程度の小説。

 

本作『死者の奢り』と『他人の足』が当時の芥川賞候補、その次の回で『飼育』と『鳩』が芥川賞候補。で、『飼育』が受賞。

 

これらは本作に限らず大江の作風であるが、「僕の体の深みに、統制できない、ぐいぐい頭を持ちあげてくるあいまいな感情があるのだ」のような観念的な心情の書きつけや、「死者たちは一様に褐色をして、硬く内側へ引きしまる感じを持っていた」という文章における「引きしまる」等の語彙による描写が特徴的。また、「僕」が他者とコミュニケーションをはかることの疎ましさを独白調につづっている箇所もみられる。まあ冒頭からして、抜群に文章がうまい。が、ラストシーンがちょっと唐突におわりすぎなのではとも感じた。

 

 死者たちは、濃褐色の液に浸って、腕を絡みあい、顔を押しつけあって、ぎっしり浮かび、また半ば沈みかかっている。彼らは淡い褐色の柔軟な皮膚に包まれて、堅固な、馴じみにくい独立感を持ち、おのおの自分の内部に向かって凝縮しながら、しかし執拗に体をすりつけあっている。彼らの体は殆ど認めることができないほどかすかに浮腫を持ち、それが彼らの瞼を固く閉じた顔を豊かにしている。揮発性の臭気が激しく立ちのぼり、閉ざされた部屋の空気を濃密にする。あらゆる音の響きは、粘つく空気にまといつかれて、重おもしくなり、量感に充ちる。(冒頭)