一ヶ月ぶりの更新となりました。
じっさい修論に追われ、小説からも映画からもながらく距離をおいていました。
研究および学生生活のおわりを迎え、同時に空白の春が私を包みこみ、かかる立場におかれ無闇な追想にふけったりもしますが、ともあれ、前進しなければなりません。
これからは、物語を想像し、表現を推敲し、センスを研磨する、そういった行為に情熱の矛先が傾倒していくだろうと思います。
主人公の心情や行為を描写するさいのもってまわったような文体が、序盤はやや不恰好に感じるが、しだいに「さっぱりとした狂気」とでも形容すべきなにかと絡み合い、袋詰めの腕のないザリガニが登場するあたりから、物語世界に強力に引きずり込まれる。不自由な感情の知覚、規範を取り払った原始的な心の動きが、生々しさを加速させていき、終盤はもはや心情そのものが破綻しているかのよう。
刑事との会話など、推理小説的なモードを感じる場面もあるが、結局純文学としてすべてが回収されている。
引用は、終盤、喫茶店で女としゃべっているシーン。
「だから、そんなこと、どうだっていいだろう? それが、どうしたっていうんだよ。何だっていいじゃないか。そうだよ、何だっていいんだよ、当たり前じゃないか。よく、わからないなあ、ほんとに、わけわかんねえよ、俺が死んだって、君が死んだって、俺の父親が死んだって、そこの誰かが死んだって、死ななくたって、何だっていいじゃないか。そうだろう? 大したことなんて、どこにもないんだ。どこにも、ないんだよ。そんなものは、存在しないんだ。何だかさ、もう、いいじゃないか。とにかく、僕が、いや、僕でも俺でも、どっちでもいいけど、例えばそれが、ここで何かをしても、例えば、このテーブルを、このテーブルをさ」
私はそこまで行って、突然、恥ずかしくなった。何が恥ずかしいのかはよくわからないが、その場にいられないような、そういう気分になり、というより、そういう気分になりたかったような、よくわからないが、とにかくそこから出たくなり、そのまま席を立った。私は店のレジの辺りに千円札を起き、ウエイトレスに御馳走様でしたと言い、店を出た。(p158, 河出文庫)