文学の凝縮、アイドルの拡散

42.絵画的映像作品の極致〜アンドレイ・タルコフスキー『ノスタルジア』

 

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 1983年タルコフスキーがイタリアで撮った映画です。

 

 以前同監督作の『鏡』を観たのですが、『鏡』よりは筋がわかりやすかったです。

 といっても一般の映画と比べるとだいぶ筋が謎です。

 

 とはいえこれは非常に印象的な映画でした。

 「とにかくいい場所でいい映像を撮りまくって繋げた」という感じの映画でした。

 よくこんなカット撮ろうと思いついたな、ていうカットばかりです。

 豪奢な教会の太い柱の間を人々が数多のろうそくを担いでそろりそろりと歩いている、輪郭がはっきりしない薄暗い部屋のベットで人が寝ていてその周りを犬が徘徊している、遺跡のようなだだっぴろい壁の前で男が自転車を空漕ぎしている、プールほどの広さのある屋外公衆浴場に数人浸かっていて濃い湯けむりのあいだから時折かれらの影がのぞく、みたいな感じです。

 ワンカットの長回しが多く、あと人物に絵画みたいな濃い陰影がついていたのが多かったと思います。

 後者にかんして、たぶん一方向だけから照明を当てて、それをワンシーンの中で左右に移動させたりしていたのではないかと推察します。

 

 まそういう感じです。

 これは相当傑作だと思いましたが、2時間通しで視聴するのはなかなか疲れました。

41.暴力の呼吸〜北野武『その男、凶暴につき』

 

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 1989年公開の北野武初監督作品です。

 もともと監督をやる予定だった深作欣二が降板し、主演の北野武が監督もやることになった、といういきさつがあるらしいですね。

 公開前は映画業界の人たちも、よくいる有名人の新人監督のひとりくらいに思っていたようですが、出来上がった作品は賛美の嵐で、本作によって北野武は映画監督としての地位を確立したようです。

 

 で私の感想ですが、やはりよいですね。

 ホームレスがアップで映される冒頭のシーンから、終始いいカットの目白押しだったと思います。

 ゲイがいちゃいちゃしている隣で薬中の女がサッカー盤のおもちゃでひとり遊んでいるシーンとか、特に印象に残っています。

 

 最近ツービートの漫才の動画をいくつか見たのですが、どうやら北野武はだいぶすごい人みたいですね。

 漫才における天衣無縫なキャラクター、役者として演じているときの細かい所作、演出の間延びした時間、そして暴力の呼吸、一連のパーツ同士が鎖のように繋がっている感じがして、面白いです。

 

 短いですが以上です。

40.上野オークラ劇場(ピンク映画館)に行ってきました

 タイトルの通り、数日前に上野オークラ劇場というよく知られたピンク映画館に行ってきました。

 ピンク映画館に入ること自体初めてで、いろいろ予想外に新鮮な体験をすることができました(後述します)。

 一般は1600円、学生は1300円払えば一日中見放題というシステムで、朝4時くらいまでやっているようです。

 その日は大蔵(OP映画)、新東宝、日活といった映画会社のだいたい30年前くらいの作品ばかり上映していました。

 私が見たのは以下の2本です(1本目はamazonになかったので、オークラ劇場のHPから画像を切り取って転載しています)。

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 作品はどれも普通に面白かったです。

 往年のそれなりに淘汰された作品群だからでしょうか?

 

 さて、入場してみると広さや造りは普通の映画館と特段変わりなく、私はちょうど真ん中あたりの席に腰掛けました。

 そうして映画が濡れ場にさしかかり、わたしはひとしきりスクリーンを凝視していたのですが、途中で右後ろの座席付近に人だかりができているのに気づきました。

 私も腰を浮かし様子を伺うと、十数人の老人たちの視線の集中する暗がりの真ん中に、裸の女がいました。

 席を立って近づくと、五十歳くらいの熟女(?)が全裸になって股を開いていました。

 両側の席に腰掛けた老人だか中年だかが熟女の陰部に棒状の「おもちゃ」を押し当てたり、前の座席から遠足のバスの中高生さながら中腰になって後ろを向いた者らが熟女のふとももを撫でたりしていました。

 熟女はまるで難題を熟考し苦悶するようなしわを眉間に寄せ、吐息まじりの声を漏らしながら、性感の悦に入っているようでした。

 濡れ場のシーンが終わると、熟女は薄手のコートを羽織って全身を多い、老人たちも適当に周囲の座席に腰を下ろしました。

 そうしてまたスクリーンに濡れ場が映ると熟女は服を脱ぎ、すぐ老人たちが群がり、熟女は股を開いたり、隣の男の上にまたがったり、屈みこんで男の陰茎を加えたりしているようでした。

 濡れ場のたびにそれが繰り返されました。

 

 そして、それとは別に場内には二人ほどのオネエがいました。

 結構がっつり決め込んだごりごりのオネエたちは、通路を徘徊したり、最前の席に座って怪しげな笑みを浮かべながら後ろを眺め回したり、背広の男を隣に連れて前方の席に腰かけて背広を脱いだ男になんらかの「処理」を施したりしていました。

 突然私のすぐ左前の客の隣に腰を下ろし、すぐにその客が立ち上がって逃げる、ということもありました。

 若者は私以外にいなかったので、隣に来たらどうしようとにわかに緊張が走りましたが、結局オネエの牙が私に向くことはありませんでした。

 

 そうこうしているうちに、熟女とその連れの男が一人立ち上がり、荷物を持って背後の出口の方へ向かいました。

 すると取り巻きの座っていた老人たちも続々と立ち上がり、ぞろぞろと熟女のあとを追って外に出て行きました。

 彼らのことが気になって、数分後に私も外にでたのですが、トイレにも待合ロビーにも熟女や老人たちの姿はありませんでした。

 

 あとになって調べてみると、上野オークラ劇場は有名な発展場(ゲイ同士の出会いの場)らしいですね。

 数百円高い2階席はスペースも広々としていて、とりわけそこで女装したオネエとホモの交流が活発に行われているようです。

 それとNTR(寝取られ)嗜好のある男が、彼女を他の男に触らせるために訪れることもよくあるそうです。

 

 面白い場所だったので、また機会があれば行くかもしれません。

39.エスプリ的な文章〜堀江敏幸『熊の敷石』

 

熊の敷石 (講談社文庫)

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 本作は堀江敏幸の2000年下半期芥川賞受賞作品です。

 フランスで生活する日本人の話で、本人もフランス文学者、わりと私小説的な作品らしいです。

 筆致は軽やか、突然時間軸を遡ったり、場面が切り替わったり、内省的な文章と風景描写が混じっている感じもあって、こういうのを「音楽的な文章」というのでしょうか。

 私の知っている範疇だと村上春樹に近い気もしますが、それとも違います。

(前略)腸詰めの産地として知られる町を抜け、丘の起伏に沿ってくねくねまがる見晴らしの悪い道をたどり、谷あいの小川を右手に見ながら走っているとだんだん景色が涸れて白っぽい岩がむきだしになってくる。この地方がシードルの産地になったのは水の質が悪く、生水より酒を飲んだ方がましだからなんだというヤンの解説を聞きながらさらにしばらく走ると川沿いにお目当ての採石加工場があったが、やはり週末に働きに出ている職人はひとりもおらず、門は固く閉じられていた。(講談社文庫 p39)

 

(前略)そうするうち彼女は席を立って、表面がみごとな飴色に輝くタルト・タタンと、ヤンの家では味わうことのできなかったエスプレッソを運んできてくれた。さあ、自家製タルトを召し上がれ。ところが、期待に胸をふくらませ、ひと切れ口に入れたとたん、私は顎がはずれるような痛みに襲われて思わず顔をしかめ、その瞬間、記憶がパリ郊外に飛んだ。いつのことになるのか、あれは暖かい春の日の午後、ペタンクの帰りにヤンのアトリエに立ち寄ったとき、どうも口寂しいなと漏らした私の言葉をとらえて彼は立ち上がり、冷蔵庫をのぞいてから、時間はかかるけれど、お菓子を焼いたら食べるかい、と私に尋ねた。お菓子って、きみが焼くのか? もちろんだ。じゃあ試したいもんだね。彼は大量のニンジンとまな板とピーラーと包丁をテーブルに運び、こいつをみじん切りにしてくれ、と私に命じた。自分でやるんじゃなかったのか? そのくらい手伝えよ。(p119)

 芥川賞の選評をみると、黒をつけているのが二人いて(芥川賞選考委員らによる投票は二重丸、丸、三角、四角、黒四角、黒三角、黒丸を用いて行われます)、両人とも「エスプリ」という言葉を使っています。

 

 宮本輝「作品の主題なのかどうなのか、熊の敷石なるものも、私には別段どうといったことのないただのエスプリにすぎないのではないかという感想しか持てなかった」

 河野多惠子「彼等の会話、幾つものエピソード、食事や風景のこと、いずれもエスプリもどき、知性まがいの筆触しか感じられない」

 

 エスプリという言葉は、わたしもよく意味を解していなかったのですが、精神とかウィットとかいうことを意味するだけでなく、日本語で用いられる場合には「フランス人的な明晰でドライな考え方」といった風なニュアンスが加わるようですね。

 なのでこの二人の用いる「エスプリ」の中には「フランスもどきのペダンチック(衒学的)な文章」みたいな否定的なニュアンスが込められているみたいですね。

 

 私は(一時期ラテンアメリカ文学の授業を受講し多少触れていたのを除けば)ほとんど海外文学を読んだことないので、フランスっぽいとかロシアっぽいとかその中でもさらに誰っぽいとか全くわからないのですが、まあおいおいその界隈にも手を出したいと思っています。

 とにかくカミュを読んでおきたいのと、あと三島由紀夫が推していたゲーテは読んでみたいですね。

 あとアジア系の作家を誰一人として知らないので、そのあたりのノーベル賞受賞作家の作品でも読んでみようかと思っています。

38.日本統治下の朝鮮の名士の家に住み込む女中〜パク・チャヌク『お嬢さん』

 

お嬢さん 通常版 [DVD]

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 TSUTAYAにおけるエロティックのジャンルの映画です。

 タイトル通りですが、日本統治下の朝鮮の名士の家に住み込む女中が主人公の話です。

 2016年公開の映画。

 韓国併合下と言っても戦争を感じさせる風景はほとんどなくて、その豪奢な家の中に物語の軸が据えられています。

 

 140分と長い映画ですが、だいぶよかった。

 まず、舞台設定が自分に馴染みのないものなので、それ自体面白いです。

 そして、所々の光景がだいぶ狂っているというか、奇抜な発想力を感じる場面が多かったです。

 例えばその屋敷のお嬢様が日本の江戸時代の黄表紙みたいなエロ本を朗読し集まった富豪のおやじたちがそれを聞く会が定期的に開かれている、とか。

 黄表紙の挿絵がちぎれて性行為の様子がわからないので宙吊りの木製人形にまたがってお嬢様が実践する、とか。

 あと、女中とお嬢様のレズのシーンは正直全部よかったです。

 最初の方だと女中が指をお嬢様の口に入れて歯の様子をチェックするみたいな場面や、最後の方だと変な金属の鈴みたいなのをお互いの陰部に押し込んでシャランシャラン音を鳴らしながらレズセックス(?)をする場面など、設定も二人の表情もなかなかよいものでした。

 

 話全体はどんでん返し的な作りになっていて、真剣味はありながらもまあわりとザ・エンタメという作品なので、個人的にはこの描写の感じでもっと腰を据えた構成、人物描像の作品が観たかった感はありますが、とはいえかなり満足した作品でした。

 とにかく本作に対しては、自分が映画に求めているものとして、作品の方向はまるきり違うのだけれど北野映画並に何かを享受することのできた感覚を覚えました。

 新鮮な舞台設定と映像世界、文学的な意味でのいいカットと美術的な意味でのいいカット、あたりが私が映画に求めているものなのでしょうかおそらく。

37.ロサンゼルスの不良たちの話〜『アン・ハサウェイ 裸の天使』

 

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 近所のTSUTAYAでエロティックというジャンルからいくつか借りました。

 そのうちのひとつが本作です。

 しかし私が借りたのはどれも、いわゆるポルノ映画という感じではなく、濡れ場で乳房が露出する意外は通常のエンタメ映画という風な作品ばかりでした。

 

 本作は2005年公開のアメリカ・ドイツ合作映画で、タイトルの通り『プラダを着た悪魔』のアン・ハサウェイが主演を務めています。

 とは言っても私は『プラダを着た悪魔』を観たことないどころか、アン・ハサウェイという女優自体おそらく初見なので、彼女が乳房を露わにしていることに対して一般的な人が抱くような驚嘆はなかったように思います。

 

 物語の流れや人物の描像自体はさほど惹かれなかったのですが、なんといってもその舞台がロサンゼルスの不良グループと彼らのたむろするダウンタウンという、私のまったく馴染みない世界だったので、ずいぶん新鮮で最後まで飽きずに視聴することができました。

 パーティの中で酒とドラッグとセックスが横行しているみたいな世界観は、作られた物語としてはありふれているような気がしますが、自分は案外そういった作品に触れる機会がなくて、村上龍の『限りなく透明に近いブルー』くらいです思いつく限りでは。

 

 映像作品としては出色の出来栄えという風には思いませんでしたが、自分の知らない世界を描いてくれている映画はそれ自体価値があるように思われ、退屈せず視聴し続けることができてよいですね。

36.なんか普通によかった〜今村昌平『うなぎ』

 

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 1997年公開の今村昌平監督作品で、パルム・ドール賞を受賞した作品です。

 ちなみにパルム・ドール賞を受賞したことのある日本人監督は衣笠貞之助黒澤明今村昌平是枝裕和の4人だけのようですね。

 また世界三大映画祭のカンヌ、ベネツィア、ベルリン、のそれぞれの最高賞が、パルム・ドール賞、金獅子賞、金熊賞らしいです。(メモメモ)

 

 浮気した妻を殺し8年間の刑務所生活を経た男が、仮釈放となって田舎で理髪店を始めます。

 そのうち、主人公の男は草むらで自殺未遂を図った女を偶然救い、その女が理髪店に勤め始めます......。

 

 なんか、ふつうによかったです。笑

 原作が『闇にひらめく』という吉村昭の小説なんですね。

 私のシェアハウスの近くに吉村昭ゆかりの巨大図書館があり、住み始めたころに吉村昭の初期小説をいくつか読んだのですが、いい文章を書きますよあの人は。(それはそう)

 

 個人的に特によかったシーンは、終盤理髪店の店内で大人数で乱闘騒ぎになるところですね。

 電灯が外れて宙ぶらりんになったり水槽が割れたり、そういうのが(たぶん結構長回しのワンカットで)目まぐるしく展開していくのは心地よかったです。

 雰囲気が深刻になりすぎず、終始少しのユーモアが混じっている感じもいいリズムになっていた気がします。

 

 短いですが感想以上です。

 10月の残りは読書や映画鑑賞はせず、群像に出す小説の執筆に集中することになりそうです。