文学の凝縮、アイドルの拡散

48.雪景色がきれい〜岩井俊二『Love Letter』

 

Love Letter [DVD]

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 1995年公開の映画で、岩井俊二氏の初長編映画監督作品、らしいです。

 いろいろ賞とってるみたいですね。

 

 とにかく風景が、雪景色がきれいです。

 まず冒頭のシーンがよいですね。

 雪山に中山美穂演じる主人公が倒れこみ、起き上がって、ゆっくりふもとに下っていく。

 後ろ姿は下っていくにつれ小さくなっていき、白の混じった枝の細い木立に隠れてしまうまで、高い場所にある(ほとんど)定点のカメラで長々と映している。

 バイクの後輪が雪を跳ねるとか、自動車が雪道の上をがたがた揺れながら進んでいくとか、そういう合間合間にさしこまれる描写もよかったです。

 なんというか丁寧で、すみずみまで気を配っている映画だという印象を受けました。

 

 しかし物語自体はあまりしっくりきませんでしたね。

 謎を小出しにする感じや登場人物のセリフなどからエンタメ作品の気質を持っていることが序盤から明らかですが、エンタメとしてはストーリーの完成度が高くなかったように思いました。

 亡き恋人に対する主人公の期待と恐怖のゆるいせめぎ合いであったり、二人の藤井樹それぞれが実は無知の恋心みたいなものを持っていてそれがぼんやり浮きつ沈みつしてる感じなど、そのあたりがたぶん肝なのかなと思ったのですが、それにしてもなんというか全体的にストーリーや人物描像のつじつまが微妙な印象を受けました。

 

 わりと評価の高い作品だけど自分で観ていやこれストーリー微妙じゃねってなったのは、2016年公開の『怒り』もそうでした。

 あれも、最後までだれが犯人かわからなくする構成などエンタメっぽい要素のある映画でしたが、ストーリーとしては自分はしっくりきませんでした。

 無関係の3種類の話で時間的に3分割されているため、最後にごごごっと上げて来られてもちょっとその盛り上げ方過度じゃないかと思って感動が薄まっちゃうんですよね。

 ま『怒り』の原作は吉田修一なので、小説の方は面白いのだと思いますが...。

 

 話が逸れましたがそういう感じの感想でした。

 最近エンタメ映画でめっちゃいいと思えるもの観れてないです。(エンタメとは何かという話は割愛。)

 最近観たエンタメ系の映画で記事になってるやつの中だと、たぶん韓国映画の『お嬢さん』が一番よかったかな。

47.めっちゃ平易に短歌を説明した良書〜穂村弘『はじめての短歌』

 

はじめての短歌 (河出文庫 ほ 6-3)

はじめての短歌 (河出文庫 ほ 6-3)

 

 タイトルのまんまですが、めっちゃ平易に「短歌」を説明してくれる良書です。

 短歌とは何か、短歌はどう読む(詠むの方ではなく読解するの方)のか、など。

 本書ではよい短歌とその「改悪例」を示して、もとの短歌のどの部分がうまいのかということについて穂村氏が優しく説明します。

 改悪例というのは、たとえばこういう感じ。

空き巣でも入ったのかと思うほどわたしの部屋はそういう状態

[改悪例]空き巣でも入ったのかと思うほどわたしの部屋は散らかっている(p12)

 

大仏の前で並んで写真撮るわたしたちってかわいい大きさ

[改悪例]大仏の前で並んで写真撮るわたしたちってとても小さい(p16)

 

「煤」「スイス」「スターバックス」「すりガラス」「すぐむきになるきみがすきです」

[改悪例] 「煤」「スイス」「スターバックス」「すりガラス」「すてきなえがおのきみがすきです」(p54)

 てか3つめの句すごいですよね笑

 

  私自身は、俳句は母が趣味でやっていることもあり若干馴染みがあるのですが、短歌や詩はたぶん作ったこともほとんどないし、よく知りません。

 本書などを読んだ感じの印象では短歌は俳句に比べて定型を守らないことがおおい印象を受けました。

 俳句はよほどのことがないかぎり575を簡単には崩さない、短歌は割と軽々と57577を崩す、という気がします。

 俳句は削ぎに削ぎ落とした言葉で表現、短歌はだらっと書くパターンが割とある、という印象も受けました。

 季語の有無の違いもありますね。

 俳句だと、たとえば上五、中七で季語が現れないと、おお最後にどんな季語が来るのだろう的な読みかたをするものだと思うのですが、短歌にはそういうのはありません。

 

 あと本書の特徴をひとつあげるならば、少しみた感じ他の穂村氏の著作もわりとそうだと思いますが、穂村氏が短歌(ないし一般に詩歌)とはどういう営みなのかということについてたびたび言及しようとしていることです。

 本文中の言葉をいくつか引用すると、「社会化や効率化から逃れるもの」「生き延びるために生きないこと」「小さな死の意識と共有」的なことを述べています。

 穂村氏の短歌論は、なんか読んでいて、おぉあついぞ、と思わせてくれる文章が多くてよいです。

 

 とにかく、最近本書等とおして詩歌に強い興味を持ったので、穂村氏が短歌を始めるきっかになった塚本邦雄や、寺山修司が短歌を始めるきっかけになった中城ふみ子など、そのあたり調べてみたり、そのうち自分でも短歌を作って新人賞に応募してみようと思った次第です。

46.復讐の終わらせ方〜クリント・イーストウッド『グラン・トリノ』

 

グラン・トリノ [DVD]

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 2008年公開のアメリカ映画、主演のイーストウッドが監督も担ってるみたいですね。

 

 元軍人の頑固ジジイが隣家に暮らす隠キャのアジア人青年を教育していくという物語です。

 一言で言えば、完成度の高いエンタメ作品、という感想を抱きました。

 不良グループからアジア人青年への酷い仕打ちがエスカレートしていくのですが、エンタメと言っても元軍人のジジイがアチョーと不良たちに制裁を加えるのではなくて、本作ではそういった報復合戦の終わらせ方をきれいに提示しています。

 軍人時代朝鮮半島で10人以上敵兵を殺した過去から連綿と続いていた主人公の心のわだかまりが、不良グループからアジア人青年を救う顛末を通して完結し、登場人物のそれぞれが痛みを抱えながらも未来へと押し出されていきます。

 

 個人的な好みとしては、こういう人物の描像や心情変化が型にはまっているタイプの物語、つまりエンタメ的な作品はちょっと微妙って感じなのですが、とはいえそういう作品を見ること自体は好きです。

 まあ微妙と感じる作品を見ると自然にいろいろ分析できるので。

 あとやっぱりタルコフスキーの映画とか観てると途中で疲れて飽きちゃうんだけど、エンタメは続きが気になってノンストップで最後まで観ちゃうので、そういうよさはありますね。

 それに洋画は馴染みのない風景がたくさん映るので、それ自体面白いです。

 

 以上。

45.ANIKIと呼ぶ黒人の面白さ〜北野武『BROTHER』

 

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 また北野映画を借りちまいました。

 2001年公開の日英合作映画です。

 なんかTSUTAYAにDVDレンタルに行くと、一作は北野武の映画を入れたくなっちゃうんですよね。。。

 

 まあ本作も相変わらずの良さがありますね。

 じっとりと静かで、パンパン拳銃が打たれて、ふっといい風景描写が差し込まれるって感じ。

 本作でたけし演ずるヤクザがガタイのいい黒人をばんばん倒していくのは、普通にエンタメ的な、というかもはや少年漫画的とすら言える爽快感もあります。

 

 初対面のときに主人公からガラス瓶で目を突かれ、のちに舎弟となった黒人との朗らかな会話などよかったです。

 その黒人舎弟が「ANIKI」と呼んでいるのもなんか面白いです。

 

 作中で登場人物たちはサイコロ遊びをしたりバスケットをするのですが、殺伐とした中で子供っぽい遊戯に興じているっているのも、北野映画の共通点ですね。

 

 基本的に今までみた同監督の作品とノリが同系統なので、新しい感想があんまないです。笑

 たぶんこの系統の北野映画はほぼ観終えたと思うので、次は違う系統の北野映画を観てみようと思います。

44.親子の会話〜ヴィム・ヴェンダース『パリ、テキサス』

 

パリ、テキサス デジタルニューマスター版 [DVD]

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 1984年公開、西ドイツとフランスの合作映画です。

 

 初めの方のずーっと風景を流しているシーンが、まず印象的でした。

 針金のような細った短い草がまばらに散っているだけの砂地は見渡す限り荒涼としていて、みすぼらしい身なりの男が一人歩いている。

 

 物語上で重要な舞台となっているのが、マジックミラー越しに女と会話する形式の風俗なのも、いい発想だと思いました。

 それまでの世界観との落差が心地よかったというか。

 

 クライマックスで主人公が元妻に滔々と胸の内を明かしていくのは、なんかしゃべっている内容といい臭いというか、強いエンタメっぽさを感じ個人的な好みではありませんでしたが、とはいっても総合的には非常によい映画だと思いました。

 

 特によいと思ったのは親子の会話ですね。

 主人公は久しぶりに再会した息子と一緒に妻を探す旅(というよりも冒険?)に出るわけですが、心理距離の縮んでいく様子が、気の利いた8才児のユーモアも交えながら、二人の小気味良い会話を通して描かれています。

 歩道を歩く主人公の動きや仕草を、反対側の歩道を歩いている息子が物真似している下校シーンも印象に残っています。

 

 短いですが以上。

43.文体の抜群のユニークネス〜若竹千佐子『おらおらでひとりいぐも』

 

おらおらでひとりいぐも 第158回芥川賞受賞

おらおらでひとりいぐも 第158回芥川賞受賞

 

 

 63歳(昨年)若竹千佐子氏による史上最年長文藝新人賞受賞作、かつ前々回の芥川賞受賞作。

 読み始めてすぐ、これは相当な傑作だ。

 ここ最近読んだ小説の中で一番おおと唸らされた気がします。

 とにかく文体のユニークネスという点において、他のあらゆる小説から抜きん出ている作品です。

 

 地の一文の中で、標準語と東北弁が往復し、三人称と一人称が往復し、言葉遣いが波打つようにたゆたい浮きつ沈みつ繰り返します。

 さりながら、時至り、夫なる人も隠れては、どんなに叫んでも何にもならない。そうなると涙振り払い、桃子さん自ら新聞紙丸めて、それも間に合わないときはスリッパのかかとでもって、思いっきり引っぱたく、命中すれば多いに快哉を叫び、自分にも獣の本性まごうことなくあったわいなどと納得し、ふつふつとたぎるものに喜んだりしたものだった。それが今はどうよ。近頃はまったくそんな気も起ぎねのは、ねずみの醸す音のせいだけでねべも、いったいおらのどんな心境の変化なんだか、と誰かが言い、すぐにまた話題は転じて、だどもなして今頃東北弁だべ。そもそもおらにとって東北弁とは何だべ、と別の誰かが問う。そこにしずしずと言ってみれば人品穏やかな老婦人のごとき柔毛突起現れ、さも教え諭すという口ぶりで、東北弁とは、といったん口ごもりそれから案外すらすらと、東北弁とは最古層のおらそのものである。もしくは最古層のおらを汲み上げるストローのごときものである、と言う。(p15)

 選考委員の奥泉光の選評

「本作はひとりの老女の内面の出来事を追うことに多くの頁が割かれて、彼女の記憶や思考を巡る思想のドラマが一篇の中核をなすのであるが、こうした「思弁」でもって小説を構成して強度を保つのは一般に難しい。ところがここではそれが見事に達成されている。」

 について、私もまったく同じ感想を抱きました。

 思弁的にしても何にしても、特異な文体というのはそれ自体成立させることが難しいから特異なのであって、にもかかわらず特異な文体で作品としての強度を保っている小説には脱帽するよりありません。

 

 安部公房にしろ村上春樹にしろ町田康にしろ、もちろん本作を書いた若竹千佐子氏にしろ、他から卓越して特異な文体を使いこなせる作家を読んでいると、大した筆力だと羨ましい限りです。

42.絵画的映像作品の極致〜アンドレイ・タルコフスキー『ノスタルジア』

 

ノスタルジア [DVD]

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 1983年タルコフスキーがイタリアで撮った映画です。

 

 以前同監督作の『鏡』を観たのですが、『鏡』よりは筋がわかりやすかったです。

 といっても一般の映画と比べるとだいぶ筋が謎です。

 

 とはいえこれは非常に印象的な映画でした。

 「とにかくいい場所でいい映像を撮りまくって繋げた」という感じの映画でした。

 よくこんなカット撮ろうと思いついたな、ていうカットばかりです。

 豪奢な教会の太い柱の間を人々が数多のろうそくを担いでそろりそろりと歩いている、輪郭がはっきりしない薄暗い部屋のベットで人が寝ていてその周りを犬が徘徊している、遺跡のようなだだっぴろい壁の前で男が自転車を空漕ぎしている、プールほどの広さのある屋外公衆浴場に数人浸かっていて濃い湯けむりのあいだから時折かれらの影がのぞく、みたいな感じです。

 ワンカットの長回しが多く、あと人物に絵画みたいな濃い陰影がついていたのが多かったと思います。

 後者にかんして、たぶん一方向だけから照明を当てて、それをワンシーンの中で左右に移動させたりしていたのではないかと推察します。

 

 まそういう感じです。

 これは相当傑作だと思いましたが、2時間通しで視聴するのはなかなか疲れました。