文学の凝縮、アイドルの拡散

96.円城塔『道化師の蝶』

 

道化師の蝶

道化師の蝶

 

円城塔はもともと大学の研究員で、『Self-Reference ENGINE』が小松左京賞最終候補となり、なんとこのとき伊藤計劃の『虐殺器官』も最終候補になっていて、結局受賞作は出なかったが、その後両作とも早川から出版された(小松左京賞自体は角川主催)。で、その後『オブ・ザ・ベースボール』が文學界新人賞受賞、本作『道化師の蝶』で芥川賞受賞。

 

ここ最近読んだ小説のなかでは、だいぶ好き勝手やってる。いわゆる前衛的、と呼ばれるようなたぐいの作風。物語性の崩壊のみならず、いち文単位でも、なんとなくイメージの浮かびづらい描写が続いている。ところどころやや難しめの語彙が選ばれている。言語、手芸、友幸友幸(と呼ばれる小説内のほとんど架空の人物)への偏執。こういうのもっと読みたい、とは思わないが、こういうのが書けるのはすごいと思う。

 

 フェズの街の旧市街は世界有数の迷宮都市として知られる。青の門で車は止められ、人や馬がごった返す細い路地では、全てがモザイク状に組み合わされて脈絡なしに現れる。鳥籠の並ぶ店先の角を曲がると突然肉屋が現れて、横には共同の水汲み場があり、ふと風向きによりタンネリから広がるアンモニア臭が淀む一角があり、軒先からは装飾品がずらずら下がり、スパイスがジェラートじみてヘラあとの残る鋭い円錐状の山をなし、共同窯へとパンを運ぶ子供の細い脚がきびきび踊る。(講談社p40)