文学の凝縮、アイドルの拡散

78.開高健『裸の王様』

開高健の芥川賞受賞作。 扱っているテーマは児童教育。児童にたいする大人たちの当を得てない思惑を、画塾の先生である主人公は気に食わない。 くりかえし述べられる教育論めいた話にはどこか既視感がある、しかし、その鮮烈な描写はけして風化していない。…

77.松浦理英子『葬儀の日』

松浦理英子氏が20才のときに書いた、文學界新人賞受賞作。つまりデビュー作。 これを、だれがどのように評価できるのだろう。葬儀のさいに依頼される「泣き屋」、「笑い屋」という架空の職業(泣き屋という職業は実際にあるらしい)をとりあつかいながら、思…

76.柴崎友香『春の庭』

ちょっと前の芥川賞作品。 アパートに住む三十代の男を中心に、その隣人たち、周辺の建造物の輪郭を、さらさらと、それでいて柔らかい手触りで描く。たいした筋はない。悪くいえば退屈。がしかし、気づくと、読者は構造を失った不思議な浮遊感のなかに連れて…

75.町屋良平『1R1分34秒』

先日発表された芥川賞受賞作。 わたしは現在町屋駅徒歩5分の場所でシェアハウスをしているが、どうやら町屋良平氏も近所に暮らしているみたい。 筆のにぎりが軽い。感情の噴出、文章の奔流がアクロバティックに展開されるが、バランス感覚が巧みにコントロ…

74.チェーホフ『三人姉妹』

友人に、 「君の彼女は小説の登場人物でいうと誰に似ているんだい」とたずねたところ、 「強いていえばチェホフの『三人姉妹』の三女のイリーナかな」と返答されたため、本作を拝読。 戯曲であるため、作品はほとんどセリフのみで構成されている。 私は戯曲…

73.本当に面白いM-1漫才ベスト10

普段は小説や映画の話ばかりしていますが、お笑いも好きなので、今回は歴代M-1グランプリのネタのなかで個人的なベスト10を発表します。 対象は2018年までのM-1グランプリ。なお、2011~2014年に開催されたTHE MANZAIのネタは対象としていません。 あくまで個…

72.羽田圭介『メタモルフォシス』〜マゾヒストな証券マンの話

中村文則氏が某ネット記事のインタビューで、本作を読んだとき初めて自分より年下の男性作家ですごいと思うやつが現れた、と述べていたため手に取った。 まずもって、SM風俗の人道を逸した肉体的苦痛をともなう調教プレイ、詐欺まがいの手練手管を用いて老人…

71.寒川光太郎『密猟者』〜芥川賞史上もっとも激賞された小説のひとつ

1940年第10回芥川賞受賞作、寒川光太郎の『密猟者』。 まずもって、遠い場所で書かれた文章という印象が強烈であった。それは約80年の時代の隔たりや、北方の狩猟者という舞台設定に起因するのではなく、堅固でありながら奔放自在のレトリックをはらんだ特異…

70.『銃』中村文則〜さっぱりとした狂気、破綻した心情

一ヶ月ぶりの更新となりました。 じっさい修論に追われ、小説からも映画からもながらく距離をおいていました。 研究および学生生活のおわりを迎え、同時に空白の春が私を包みこみ、かかる立場におかれ無闇な追想にふけったりもしますが、ともあれ、前進しな…

69.テリー・ジョージ『ホテル・ルワンダ』

2004年公開、南アフリカ制作の社会派映画。 Wikipediaをコピペすると、 「1994年、ルワンダで勃発したルワンダ虐殺によりフツ族過激派が同族の穏健派やツチ族を120万人以上虐殺するという状況の中、1200名以上の難民を自分が働いていたホテルに匿ったホテル…

68.行定勲『パレード』〜案外エンタメっぽくない

2010年公開、吉田修一原作の、シェアハウスしている若者たちの近いようでいて少し距離のある、なんとなく不気味な人間関係を描いた作品です。 吉田修一原作とだけあって、流行りの役者勢揃いという感じのキャストでありながら、ポップさをまといつつもじっと…

67.堤幸彦『天空の蜂』

東野圭吾原作の、原発の上に巨大ヘリを墜落させるぞというテロのサスペンス映画です。 父親に異常に勧められたから見ましたが、まあ、、、という感じでした。 映像はきれいでした。 東野圭吾原作の映像作品だったら他のやつの方がいいと思います。 純文学を…

66.フェデリコ・フェリーニ『道』〜午後の日差しの寂しさ

1954年公開のイタリア映画です。 特に何の取り柄もない女性が、むきむきで粗暴な性格の、胸に巻いた鎖を肺を膨らませて引きちぎる芸一本勝負の大道芸人の付き人になって旅をするという白黒映画です。 前に視聴したルーマニア映画もそうですが、こういうのは…

65.クリスティアン・ムンジウ『4ヶ月、3週と2日』〜パルム・ドールを受賞したルーマニア映画

映画はずっと駅前のTSUTAYAで旧作200円を借りていたのですが、近くのGEOでは旧作100円ということで、最近はもっぱらGEOを利用するようになりました。 2007年公開のルーマニア映画で、パルム・ドールを獲っているようです。 独裁政権下のルーマニアを舞台に、…

64.トーマス・ヤーン『ノッキン・オン・ヘブンズ・ドア』〜死ななきゃ何やってもええやん

1997年公開のドイツ映画です。 余命の短いふたりが病院を脱走して好き勝手やりたい放題します。 基本的にコメディタッチですが、ふたりに死が迫っているという設定が、話に立体感を与えているように思います。 全編を通して、人間死ななきゃ何やってもいいよ…

63.穂村弘『短歌の友人』〜高級だけどわかりやすい短歌の批評本

伊藤整文学賞を受賞したしっかりした批評本なのにわかりやすいです。 近代以降の短歌の変遷、そもそも短歌とは何か、プロの歌人はどのように短歌を鑑賞するのかといったことについて、たぶんかなり高級なことがわりと平易な言葉で分析されています。 本書の…

62.北野武『アキレスと亀』〜芸術を追うこと

修士論文の提出期限まで約1か月となりました。 最近は4、5時間くらい研究室にいて、帰宅してから映画をみたり本を読んだりという生活をおくっています。 あと、ひとつきほど前から、3日に1回くらいのペースで7kmくらい荒川沿いのコースをランニングしてい…

61.北野武「菊次郎の夏」〜傍若無人な男の描像

約3週間ぶりの投稿となりました。 3週間前に帰京してから、太宰治賞にむけて原則読書と映画鑑賞を断った生活を送り、いくつか構想を考えたりはしたのですが、結局小説を書くことができずに終わってしまいました。 やると決めたことを断念する運びとなった…

60.青春そのものを爆発的に歌いあげた〜ゲーテ『若きウェルテルの悩み』高橋義孝訳

1774年刊行、訳者高橋義孝の解説いわく「青春そのものを爆発的に歌いあげた世界文学史上最高の傑作」です。 いわゆる書簡体小説とよばれる形式で、主人公ウェルテルが友人ウィルヘルムにつづった手紙の文面によって物語が進行していきます。 ウェルテルは人…

59.全く無駄のない〜山田洋次『幸福の黄色いハンカチ』

1977年公開、われわれの親世代はみんな観てる映画みたいですね。 非常によくできた、絶妙なバランス感覚のエンタメ作品だと思いました。 テンポがよく、3人の登場人物のそれぞれがキャラ立ちしていて、高倉健演じる元囚人の過去が小出しにされていく速度もほ…

58.上質白黒コメディ〜ハワード・ホークス『赤ちゃん教育』

1938年公開、アメリカのコメディ映画。 映画好きの友人から、界隈では有名(?)だと勧められて観ました。 動物学者の主人公が、自由奔放な娘によって豹探しなどのいざこざに巻き込まれていく話です。 この女性の、主人公にたいする無駄がらみの感じや、内容…

57.あいまいさの使い方〜是枝裕和『万引き家族』

まだぎりぎり上映中の映画。 車で1時間半かけて両親と映画館にいきました。 この前カンヌのパルム・ドールを受賞した作品です。 エンタメとしては相当完成度の高い作品だと思いました。 言葉や表情のかけあいがいい、ユーモラスで心地よい。 気になった点を…

56.拳銃なしでも真骨頂が味わえる〜北野武『あの夏、いちばん静かな海』

1991年公開、聾者がサーフィンを始める話です。 北野武作品にはめずらしく拳銃が登場しませんが、真骨頂はいくつも発揮されています。 まず、表情ですね。 本作は主人公とその彼女(?)が聾者で、そして彼らは通常の聾者以上に「無口」なため全体としてかな…

55.わたしもあなたも異邦人〜アルベール・カミュ『異邦人』窪田啓作訳

1941年刊行、言わずと知れた最も有名なフランス文学、ひいては最も有名な世界文学のひとつだと思います。 ずっと前から古本を購入して手元には置いてあったのですが、ようやく読みました。 まず取り上げたいのは、とくに前半部分の、読んではそのまま頭の中…

54.淡々とした3時間〜エドワード・ヤン『ヤンヤン 夏の想い出』

2000年公開、エドワード・ヤン監督の台湾映画です。 東京もでてきます。 台湾のある家族の、大人子供それぞれの一夏の出来事が3時間にわたって淡々と映されていきます。 静かで、説明がなくて、離れた場所からのカットが多かったような。 あと登場人物がと…

53.荒い、とても〜園子温『冷たい熱帯魚』

帰省して実家にいる最中は、死が迫ってくるような不思議な感覚をふと覚えます。 さて、2010年公開の、いわゆるエログロって言われるタイプのやつです。 女性の濡れ場がエロいです。 神楽坂恵、黒沢あすか両氏のなんとも言えないエロ人妻っぽい顔つき、そして…

52.傑作と呼ばれるにふさわしい〜ロマン・ポランスキー『戦場のピアニスト』

2002年公開、フランス・ポーランド・イギリス・ドイツの合作映画です。 実在したユダヤ人のピアニスト、シュピルマンの体験記をもとに作った作品みたいです。 パルム・ドールを受賞しています。 とにかく撮影にお金も人も時間もたくさんかかっていることが容…

51.最後の一言が〜ジョエル・コーエン『ファーゴ』

1996年公開のアメリカ映画。 有名作ということで観てみました。 TSUTAYAだとミステリーコーナーに分類されていましたが、殺人事件が起こるとはいえミステリーという感じではないです。 誘拐事件を偽装してお金を得ようとしたら、微妙な歯車のズレが重なりあ…

50.トイレが汚い〜ダニー・ボイル『トレインスポッティング』

変な時期に帰省中です。 実家が床屋で、さっき髪をきりました。 東京を発つ直前に観た映画です。 スコットランドの、薬中の若者たちの危なっかしい日々を描いた映画です。 毎度のことですが、こういう映画に対すると馴染みのない世界を観られるということ自…

49.やんちゃな少年たちの心地よい会話〜北野武『キッズ・リターン』

1996年公開、バイク事故から復帰後の北野武の初監督作品です。 当時多くの報道陣が、事故を経験した影響で従来の北野映画とは異なる優しい映画を撮った、と評したみたいで、それに対し北野武が何かの対談で「それは間違いで、事故の前でも撮れた、自分の中に…